2005年05月22日

マイフォントって何?


   マイフォントって何?


最近、「マイフォントって何」と良く聞かれます。
その時は、「自分の自筆がパソコンで使えるようになる事です」と答えています。

「フォント」という言葉が最近一般化されてきたと言っても、まだまだ意味が分からないと言う人が多いからです。「書体」と言えば分かりやすいと思いますが・・・・・。そこで、「マイフォント」がどのように作られ、どのように利用されているのかを、ご紹介したいと思います。


マイフォントライトの説明サイト
NHKで紹介された「マイフォント」
「マイフォント」の体験コーナー
テクノアドバンスのホームページ

2005年05月18日

「善いと思ふて実行し、良いと信じて考案した手記」その1


 善いと思ふて実行し、
      良いと信じて考案した手記 

                          
              片岡 清助

善いと思って実行し、良いと思って考案した手記の序文として予が生涯五十年間の回顧を記し置くことのも徒事でないと信ずる故、参考の為に其の主なるものを記すことにする。

予は、明治十年九月十七日出石松ヶ枝町で生まれ丑年の六白星である。
小学校は六歳の春、初等科八級に入学した。当時半年ごとに試験があって七六五四三二一級と昇級する順序の制度であった。出石での家は松ヶ枝町から八木町、内町と移ったが父は常に他国へ行商がちで、幼年中は母の手元で養育され、通学当時は母方の里である水野の祖父母に育てられた。随分腕白であった為、育ての母や祖父母の思いは年を取る毎に重く感じるのである。通学の始め頃、祖父に毎日学校へ連れて行ってもらったお世話は、忘れることができない。間もなく祖父は病に臥され危篤に迫るや予に最後の別れを望まれ学校から帰るや否や予の声を耳にし次第に大往生を遂げられた。かくのごとく祖父の愛は別段のものである事も忘れる事はできない。

祖父母に次いで愛された方は、松ヶ枝町の湯葉屋のお祖母さんには家の真向かいであった為、朝な夕に清ちゃん清ちゃんの持ち切りで愛された。当時の足しが湯葉屑であった。予は、その思いを忘れぬ為、出石へ行った時は、必ずその安否を訪問し、親しく語る事にしていた。安田の隣であった藤田の伯母には、格別な記憶がないが、按ずるに世帯盛りの稼ぎ最中であった為であろう。
父の実兄である勝次殿は、明治十三年頃失敗の結果、豊岡に移住し、石田松蔵氏と共同で、大阪朝日新聞の全但特約を引受け北但の拡張を終えて後、十六年南但と分離して拡張に努め和田山に本拠を定め、兼業として書籍文具商いを営み、日新舎と称した。
始め小西豊蔵氏の宅を借受けた後、京口の吉田活版所である家を買い受けて、移転された。
父精三郎殿は、少年時代比較的病弱であったと見え、家宝として保存せる七神の軸に記録あるごとく神のお蔭に依って助けられ、成人して別家されたのである。予の代に成って毎年正月に神前に供える七膳の鏡餅は、右七神様へ供える意思で、子々孫々忘れるべからずと命ぜられている故である。
その後、父は健康に復されて、諸国へ行商を志し、日本中津々浦々まで旅行された由で、商才に長ぜられて居たと伝えられている。
祖母ミネ殿は、予が生まれた当時から病で父の許に引き取り殆ど母の看病であったが老病の事とて回復せず明治十四年十二月二十七日出石町八木町の宅で祖父の七回忌に相当する同じ月に後を追って世を去られた。
父は結局大阪に居を定め明治十九年出石内町の宅を売払って家族を引き取られた。母と予と精七の三人は、相乗りの人力車一基で九月中旬山越えて生野、辻川、兵庫と三泊し、四日間の疲労も苦にせず、初めての汽車に兵庫から大阪へと到達した。
当時の駅は、兵庫、大阪共に洋館ではあったが誠に貧弱なものであった。着坂して父の宿を訪問すれば旅客の一人が虎列刺病にかかって宿は青竹の閉門巡査の立番で面談は相叶わぬと云う有様、事情を陳じて暫く父の指命を受け、或る宿に止宿し父の解放される日を待つ事になった。その頃、大阪は虎列刺病の流行で三日コロリと唱え人心恐怖の有様であった。
大阪へ引っ越し後は、父の生存中筆記された出入帳と題する帳簿に依って明瞭であるからここでは略す。この帳簿は五年間の大体を知る事が出来ると共に父の筆蹟として他に綴ったものがないから、家督として永久に保存すべきものであることを忘れてはならぬ。
この筆蹟は予が東京に修業に行った当時、修業中の心得として下された三通の書面として予の居間に掲げて居るものである。そのころ三十四歳であった父は、如何に厳格であったかは察すると同時に、病身であった為、成人する事を非常に期待された様に思える。
予は不幸にも幼少の頃から父の許に居た月日が短かった為、口授された教訓は少ないが、額面の書面と出入帳に記された内容によって感化された事は多大である。今、その要点を列記しょう。
 主人への義理、親は至極大切にすべし。
 奉公中、本親は孝心を請求せず。
 誰憚らず朝起きせよ。
 主人には両手を突いて申すべし。
目上の方といえども遠慮すな。
目下の人と見て粗忽な言葉を使うな。
先祖の命日は素より、朝夕神仏祈願すべし。
目上の人に言葉を返すな。
 奉公中は、木綿着に限ること。
 奉公中は、学用以外の品を求めるな。
 既に習った書物は度々復習せよ。
 世間の事は人に尋ねて決して恥とならぬ。
 飲食におごり親に小遣を乞うことは、身の為にならず。
 何事にも不足を云わず正直にせよ。
 友人には常に文通すべし。
 孝行とは親に安心させることである。
 蔭で働くのが真の働きである。
 分を守り分を過ぎた事は、為すべからず。 
 主に仕えて忠実ならざれば、
 心に誠あれば、神仏に通ず。
 口は禍の門なるが故、食を節し言語を慎め。

短編小説「未練」 その4(最終回) 片岡 永


    未  練                             
           片岡 永

「おとうちゃんなあ、あれから一回だけ来たことがあったんやで」
 登美子は手を伸ばし、煙草を庭石でもみ消しながらそう言った。「あんたが中学生になった頃やった。夜中に、ほんまに突然訪ねてきたんや。今でもよう覚えてる。こんな時間に誰やろって思って出てみたら、擦り硝子の向こうの人影が、わしやって答えた。声聞いてすぐあの人やって分かったけど、わざと、どちらはんでっかってゆうてやった。そしたらあの人、硝子戸をがたがたさせて、なにゆうてんねん、わしやないかって声荒げた。酔っぱらってたんやなぁ」
「夜中に近所迷惑ですさかいおやめ下さい。」
 完治はあのも硝子戸をがたがたいわせ、
「わしやど、わしが帰ってきたんやど、開けてくれんかい」
「ここは女と子供だけの家庭です。夜中に物騒ですさかい開けられません」
「あほか、わしや、完治や。完治がかえってきたんや」
 擦り硝子に完治の大きな手のひらが写っていた。
「完治なんて人はこの家にはいてません」
「なに、登美子。おまえ分かってるくせしてゆうてるんやな。なんでや、訳を聞かせ。とにかくここを開けんかえ」
「ええかげんにしてください。警察呼びますよ」
 一瞬外が静かになった。硝子戸に写っていた手のひらが滑るように落ちていった。
「なんでや。なんでそこまでいわれなあかんのや」
 登美子は羽織っていた丹前で顔を押さえた。震えていたのは寒さのせいばかりではなかった。外はさぞ寒かろうにと、三和土に降り、錠に手を掛けたとき、
「そうか、誰かおるんやな。そこに誰かおるんやろ。そやさかい開けられへんのやろ。おまえっちゅう女はなんじゃ。せっかくわしが帰ってきたちゅうのに、他の男連れこんどるんか。よっしゃわかった、もうええ、こんな家、二度と帰ってきたるか」
 風の中を去っていく完治の足音はすぐに聞こえなくなった。登美子はへなへなと三和土にしゃがみこんでしまった。あんたぁ、と声が漏れた。
「なんで開けんへんかったんや」
 登美子は遠い目つきで庭の向こうの生け垣のあたりに目をやりながら、
「そやなあ、素直に開けてたら、うちらの生活ももうちょっとましになってたかもしれんのにな」
「生活のことなんかどうでもええけど、嫌いやった訳やないやろ?喧嘩して別れた訳やないやろ?何年かぶりに帰ってきた旦那に会いたあなかったんか」
 武男は登美子の四十の時の子だ。三十六の年に完治という人に出会ったときから、一生添い遂げられないと分かっていた恋だった。しかし、せめて将来自分の生きていく力になるものが欲しいと、今後の生活や年齢を考えずに子供を望んだ。別れたのではない。十数年お借りしていたものを返しただけだ。生活もこれからの人生も捨て、断腸の思いで返したものをまた借りたら、もっともっと返したくなくなってしまう。それが何より辛く、恐かった。
「おかあちゃんは、去っていくものに未練は残さへん性格やねん。あんたと違ってなあ。去っていくものに未練がましゅうしてるより、新しいもん探して大事にしたほうがええやないか」
「新しい人がおったんか」
「まだ、おらん」
「まだって何やねん」
「まだ今でも探してるんやないか」
「あほくさ」
 登美子は洗いたてのカローラに目をやり、
「そやけど、洗ってやったらやっぱりきれいになったなあ。期限よう送り出してやりや」
 武男を見上げ、まあ、さあ、と膝を叩いて立上がった。
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終わり

2005年05月15日

短編小説「未練」 その3 片岡 永


    未  練                             
           片岡 永

去っていくと決まった者に強い愛情を示す変な性格、と母は笑った。
「もういまさら遅いやないか」
 武男の煙草を一本抜き取り、煙を吐きながら母は言った。「今までは汚れとってもほっぽらかしやったのに、明日売るゆう時になって一生懸命磨いてもしょうがないやろうに」
「いよいよ離れるとなったら、無性にいとおしゅうになってくるもんやろ」
 そうか、母は首をかしげた。
「わたしやったら反対に憎らしゅうになるけどな」
「車には意思がないんやんか。売ると決めたのは俺やもん」
 そう自分で言いながら貴久代の場合はそうではなかったと思いついた。彼女も母と同じ意味を言ったのだった。
 デート代は割り勘と決めていた。そのほうがお互い長続きするから、最初の頃の貴久代の提案だった。食事にいって飲みに行ってもカラオケに行っても、勘定は半分ずつ払った。しかし最後の日は、食事にいったバーの代金も武男がすべて払うといってきかなかった。そして最後のプレゼントにとピアスも買った。どうして、と貴久代が尋ねた。
「最後ぐらい格好つけさせてくれや」
「もう会わないようにしようといった女にお金使うことないじゃない」
「いままでお世話になったお礼や」
 貴久代は笑いながら、
「普通なら反対じゃないの。これからモノにしようという女にお金に使うけれど、別れる女には使わないでしょ」
「そうかなぁ。別にこ難しいことじゃないんや。素直に今までのお礼の気持ちなんや」
「あんたは本当に良い性格なんやね。その性格好きやし、ずっと大事にしとってね」
 何度も行った大阪湾に向かって車を走らせていた。もう会わなくなると思うと、すべてのものがいとおしく思えた。この道も、この町並みも、今かかっているこの曲も、全てものが貴久代に結びついて思い出されるだろうという予感があった。コンクリートに固められた岩壁を歩きながら、河口を渡る高速道路の街灯を見ていた。何度も何度も二人で眺めた夜景だった。
「私にくれた周五郎の小説の中で、風鈴っていう作品覚えてる?」
 武男は首を振った。
「主人公の女性の夫がこう言うの。大切なのは身分の高下や貧富の差ではない。人間として生まれてきて、生きたことが、自分にとってむだでなかった。世の中のためにもすこしは役立ち、意義があった。そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います、って。そう言われてその奥さんも、自分がいかにあさはかな無反省な事だったかって気が付くの。私ね、いつもあなたに甘えてばかりいたように思う。少しも自分で生きていなかった。いま、自分で生きるために自分にできることはなんだろうって考えて、とにかくこの甘えを断ち切る事だと思いついたの。間違っているかもしれないし、とんちんかんなことやってるかもしれない。でもそれしか思いつかなかった。あなたのこと嫌いになったわけじゃないし、このままずっと会わないでいるわけでもないのよ。もうすぐ新しい車来るんでしょ。ほんとに、一緒にキャンプ行きたかった。でも、そうしているとずるずるとなってしまいそうで、やっぱり今が思い切るときかなって」
 貴久代は武男の顔を見上げ、
「ごめんね」
と言った。武男は静かに首を振り、
「分かった」
 と言った。
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(未練 その4につづく)

短編小説「未練」 その2 片岡 永


    未  練                             
           片岡 永

ラーメンというより、中華そばと呼ぶほうが一般的だった。赤い縁取りをした縦長の紙にメニューが書かれ、店の壁のあちこちに無造作に貼り付けてあった。完治は太い首をねじってメニューを見回し、その視線を武男に移して止めた。
「なんでも好きなん食うてええんやぞ」
 武男は完治の顔を見、隣の登美子を見た。
 登美子はうなずき、
「何がええんや?」
「ああ、遠慮すんな」
 他に客はいなかった。壁の角には三角の形に天井から板が吊り下げてあり、その上にテレビが乗せてあった。エプロンをした女が椅子に登り、歌番組にチャンネルを回した。それからゆっくりと元のテーブルに戻り、頬杖をついてテレビを見ていた。
「それであんた、何を注文したか覚えているか」
 武男は煙草を地面に落として踏み消し、
「覚えてるかいな。何年前の話や。俺が三年生の時やさかい、二十年近う前やないか」
 登美子はふくふくと思い出したように笑いながら、
「さんざん考えて迷った揚げ句に中華そばがええってゆうたんや。せっかく最後の食事やさかいもっとええもん食べりゃええのに。おとうちゃんもなんや気が抜けたみたいに笑いながら、そばがええならそれでええやないか、ゆうてなぁ」
 三人とも黙ったままでいた。
中華そばをすする音とテレビからの歌声だけが聞こえていた。完治だけはギョウザとビールを別に注文した。
「ほれ、武男もひとつ食え」
 返事をする前にそばの上にギョウザを載せられた。おとうちゃん仕事で遠いとこ行ってしまいはんねん、もうしばらく会われへんけど、おかあちゃんと二人で留守番しとこうな。母はそんなことを何度も言い聞かせるように言った。
「いつ帰ってきはるの」
 武男は箸を止めて顔を上げ、完治に尋ねた。月に一、二回ほど、それね一晩だけしか会わない父親に対して、子供言葉でもそんな喋り方をした。思い出す父親はお土産を持ってやってくるおじちゃんであった。
「さあ、いつになるやらわからんなぁ」
「また、お土産買ってきてな」
「今度会う時はぎょうさん持ってきたる」
 母がハンカチを出して鼻を押さえていた。
完治の後ろに見えていた女が、テレビを見ながら欠伸をした。
「なあ、家帰ったらトランプしよう?なぁ」
 向かいの完治を見、隣の登美子を見た。
「今学校ではやっているやつ、教えてあげるさかい、なぁ」
「ああ、やろう」
 武男は嬉しそうに完治を見上げ、うなずいた。そして、勢いよく中華そばをすすり込んだ。完治はコップに残っていたビールを飲み干した。店の奥からパジャマを着た幼稚園くらいの女の子が出てきて、テレビを見ていた女の腕を引っ張った。もうすぐしまうさかい、と女は面倒臭そうに言った。
 駅前商店街の多くはすでに店を閉じていた。武男を真中にし、三人は並んで歩いた。武男はそっと、何も言わずに完治の手を取った。驚いたように完治が「ン」と声を出し、それを見た登美子が「まあ」と言った。
「どうしたんこの子。急に甘えたりしてから」
「かまへん、かまへん。武男は本当はとうちゃんのこと好きなんや」
 そやろ、と武男を覗き込んだ。武男は黙ってうなずいた。「武男。肩車したろか?」完治は腰を降ろして頭を下げた。武男は完治の肩にまたがりながら、この人に肩車をしてもらうのは何回目だろうかと考えたが、今までしてもらった覚えがなかった。今日はこの人に甘えなければならないという意識が武男にはあった。そうすることが今日の自分の役目なのだと思っていた。なぜ父が月に一度ほどしか帰ってこないのか、なぜこれからしばらく帰ってこなくなるのか、武男には詳しい事情は分からなかったが、もうこの人とはずっと会えないんじゃないかという怯えのようなものが幼い心の中に淀んでいた。
今朝、久しぶりに帰ってきて、母と真剣な話し合い、母が涙を浮かべながらうなずき本当に珍しく外で御飯を食べたという出来事を武男はそんなふうに捉えていた。そして武雄の幼い心の直感は当たっていて、その日以来、武男が完治に会うことは今日までなかった。高校卒業した後、登美子はその日のことを「おとうちゃんにはちゃんとした奥さんや子供がいはったんや」と説明した。ちゃんとしたってどういうことや、僕らの家はちゃんとした家庭とちがうんかと食いついたが、自分で言いながらそのことは薄々感じていたことであった。
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(未練 その3につづく)

短編小説「未練」 その1 片岡 永


    未  練                             
           片岡 永

ホースの先からほとばしり出た水がタイヤのホイールに当たり、武男の顔にはねかかった。気持ちのよい冷たさだった。武男は首に掛けていたタオルで、額の汗と頬の飛沫を拭った。バケツに溶いた洗剤にブラシを突っ込み、ホイールに付いた泥を丁寧に擦っていった。
 ひとわたり外回りを洗っい終えた武男は濡れた軍手を剥ぎ取り、首のタオルで手を拭いた。Gパンのポケットから煙草を取り出し、しごいて折れを直した。八年間で十三万キロ走ったカローラだ。キズも多いし、水あかでところどころくずんではいるが、こうして洗ってやるとまだまだ初夏の日差しに眩しくは見える。武男は車の周りをひと回りしてみた。
バンパーの両端にはかすり傷濃く刻まれているし、フロントガラスもよく見ると細かいワイパーの線がキズになって残っている。運転席のドアを開けて座ってみた。取り付けていた小物入れや灰皿や芳香剤はみな外してしまった。タオルでハンドルを丁寧に拭き取ってやりながら、小さく声に出して、ありがとうと言った。
 やつと金のメドがついて、新しい車をかうことになった。4WDのレクレーショナルビークルだ。納車までのこの一ヶ月がどんなに長かったことか。このカローラを下取りに出す前の日にはきれいに洗車しておいてやろうと、契約の時に決めた。ディラーのセールスマンはこのカローラを見て、「このエンジンで十三万キロ走ったらちょっとねえ。それに、ミッションでしょ。今時ミッションに乗る人、いませんからね」
 武男はぶ然とした表情で尋ねた。
「それで、新車を買う条件での下取り価格はなんぼになるねん」
「ええとこ三万ですね」
武男は車内に掃除機をかけながら
「まだまだよう走るのになぁ」
思い出したら笑いになった。助手席のシートやシートの下にも丁寧に掃除機をかけた。貴久代を乗せたのもこの車だったし初めてキスをしたのもこの車の、このシートだった。
 いつものようにレストランで食事をし、コーヒーを飲んでいた時だった。武男の話には答えず、突然、
「ねえ、もうこうやって会わないようにしよう」
 と貴久代が言った。武男はカップを右手に持ったまま彼女の顔を見つめた。どうしてと聞けないほど、それは突然の提案だった。
今がどういう状況であるのかを頭の中で整理しようとしていた。「もう少し距離を置いて接していきたいの」
 彼女は頭のいい女だった。けっして何の考えも無しにこんなことを言い出すはずは無かった。きっと何か、大きな変化が彼女の中にあったはずだ。それを探り出そうとして、ここ数日間の二人の行動を思い出してみた。
貴久代は煙草に火をつけて細くふきだしながら、
「この前、あなたに本をもらったでしょう。これおもしろいからって」
「周五郎?」
 貴久代はうなずいた。
「日本婦道記。あれ、ほんとうに面白かった。私、年寄り臭い名前でしょう。小さいときからずっと悩んでいたのよ。こんな名前付けた親を恨んだわ。でも周五郎読んで、そんな悩みもなくなった。もっと自立して生きていかなきゃあ、こんな小さなことで悩んでちゃ駄目だって、寝覚めたのよ、喜んでくれるでしょう」
 嬉しそうに自分のポニーテイルの髪をつかんで、ゴムを絞り上げた。
 さあやるぞ、と言わんばかりの彼女の気合いに負けた形で、武男は彼女の提案を飲んだ。
「別れようって言うんじゃないのよ。また寂しくなったら私のほうから電話するから、その時は会ってね」
 実質的な別れであるのに、嬉しそうにそう言われ、ついうなずいてしまった。
 その最後のキスをしたのも、このシートだった。
 掃除機の音に混じって呼ばれたような気がした。尻から車を出て掃除機のスイッチを切ると、縁側にちょこんと座って母の登美子が笑っていた。
「呼んだか?」
「その自動車売るやないのんか」
「ああ、明日下取りに出すんや。今度のは大きいさかい、お母ちゃんもゆっくり座れるで」
 登美子は両手に持った湯飲みをすすり、
「ゆっくり座れるのはええけど、おまえ、明日売る車をなんでそないきれいに掃除するんや」
 武男はタオルで首を拭いながら縁側に近づき、
「ほら、この車には世話になったやろ、せめてもの恩返しやがな。きれいにしてやっといたら、スクラップにするのんやめて、もう一回売ろうかゆう気になってくれるかもしれんやんか」
 登美子は隣に腰を掛けた息子を見上げ、
「おまえは昔からそうやなぁ。ほんま、性格ちゅうもんは変わらんもんやなあ」
 武男は煙草を点けて母に向き、
「何がやねんな」
 と尋ねた。登美子はまたゆっくりと茶をすすり、
「三つ子の魂ゆうけど、ほんまやなあ」
 と独り言を言った。

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(未練 その2につづく)