2005年07月01日

爽やぎの雨 その1


  爽やぎの雨 その1
片岡 永
 

ビニールハウスには、朝から眩しい光が射していた。今日も暑くなりそうだった。
 永峰慎一郎は町道を右折し、丘への登り口でアクセルを踏み込んだ。左右に硬質ビニールハウスの三角屋根が連なり、その屋根が朝の太陽に輝いている。ハウスの中には、キュウリの苗が等間隔に、規則正しく植え付けられている。先日定植された幼苗だ。これが見る間に成長し、ひと月後には立派なキュウリを成らせてくれるのだろう。
 ハウスが途切れると丘陵の頂上に出る。慎一郎は車を止めてそこに降り立った。彼の視野に広がる畑が、遠くへ緩く傾斜している。こちらに一台、あちらに一台、トラクターが動いている。白く乾いた大地に、トラクターで耕運した跡の黒く湿った土が見えている。その対比が鮮やかだ。
 慎一郎は西木を探した。このあたりの畑にいると聞いてきた。見回すと西木はすぐに判った。顔は見えないが、JAと白く染め抜かれた緑色の帽子で判断が付いた。いつも西木が被っている帽子だった。
 土手を歩き、顔の判るところまで来て声を掛けた。西木はトラクターの運転台からひょいと右手を挙げた。慎一郎は土手に腰を降ろし、その筋の畝立てが済むまで煙草を点けて待った。一本の畝は百メートルはあろう。エンジン音ばかりを響かせているトラクターは随分と緩慢な動きに見える。切りのいいところで西木はエンジンを止めた。ほっとするほど静かになった。
「仕事中にすみません」
慎一郎が声を掛けると、西木は胸ポケットから煙草を出し、それをくわえながら降りてきた。
「何を植えるんですか?」
「大根や」
「全部ですか?」
 西木はうにずき、
「三反ある。八十万にはなるで」
 西木に会うのは三度目である。最初は下のハウスで、二度目は別の畑でと、この人はあ
ちらこちらに畑を持っていて、いつ会っても働いている。
 土手に腰を降ろし、並んで煙草を吸う。
「人よりいかに早う出すかは、これや」
 自分の左腕を叩いてみせた。「ここの三分の一が早出し、三分の一が旬、残りが後出しや。早出しと後出しで儲けるんや」
 しばらく世間話をした後、慎一郎が時に、と切りだした。
「以前見せてもらった下のハウス、あれお借りできないものでしょうか」
 西木は慎一郎の顔を見た。
 下のハウスとは、初めて西木と会った時に話を聞いた空きハウスの事である。
 西木を慎一郎に紹介してくれたのは、研修先農家の野田だった。町一番のハウスだから、一度見ておいた方がいいと見学に連れていってくれたのだ。
 慎一郎がアスパラを作りたいからと、研修先農家の紹介依頼を県の農業基金に出していたところ、同じ町の野田を紹介された。朝六時から夕方七時まで、連休を使い三日間の研修を受けた。その最終日に「町一番のハウス」を見学させてくれたのだった。
 野田のアスパラハウスが蒲鉾型の低く狭いものだったのに比べ、西木のハウスは広く明るく高い三角屋根で、その中をトラクターで耕起している最中であった。野田のハウスのようなムッと淀んだ空気ではなかった。
「あれがあるからや」
 西木が天井を指さした。天井には換気のための扉が三角屋根の左右二列に付いていて、
「温度を設定したら、自動で開閉するんや」
と話してくれた。
野田が「新規就農する永峰さん。今はまだサラリーマンやけど」
 西木に紹介してくれた。西木は珍しそうに慎一郎を見、
「家はどこや」
と問うた。慎一郎は町の住所とマンションの名前を告げた。
「下のハウスが空いてるで」
 西木が言った。
「二反あるわ。使こうてええで」
 突然言われて慎一郎は狼狽した。二反もあるこんな大きなハウスをとても使い切れないと思ったから、
「とてもこんな大きな物を」
 と口籠ってしまった。
「町の住人なら借りる権利はあるで。機械はあるんやろ」
 いや、と野田が助け船を出した。
「新規の人やから何にもないんや」
「管理機もかえ」
 慎一郎は頷いた。
「そりゃあ、たいへんやのう」
 西木はそう言い、くわえていた煙草を長靴でもみ消した。
 
 慎一郎は社員二十人程の広告代理店に勤める営業課長である。会社は小さいが、折衝する相手のほとんどは社長や経営者だ。物売りのセールスマンなら社長クラスと折衝することはないが、この仕事をしているからこそ経営者と接することができるのだと、自分の仕事に自信と誇りを持っていた。
 だが、彼には二十歳の頃からの夢があった。
自分の食べる物を自分で作るという生活だ。着る物や住むところに頓着はないが、食べ物だけには若い時から執着があった。生き物は皆、食べて種を次代に繋いでいくことだと思っていたからだ。
 仕事に追われ、そんな若い頃の夢を忘れてしまっていたが、三十七歳の時、そうだ自分には夢があったのだと思い出さされた。きっかけは友人に誘われて行った講演会だった。講演者は環境問題の研究家で、日本のゴミ焼却施設の多さや原子力発電所の多さ、二酸化炭素による地球の温暖化、特定フロンガスによるオゾン層の破壊、それらによってもたらされる農地と作物と海洋資源の減少などを説いた。最も強烈に心に残ったのは日本の食糧自給率が三〇%だということだった。彼は、オーストラリアは二九七%、フランスは二二一%、米国は一〇九%、ドイツは一〇六%、イギリスは一〇四%、中国は九七%などと諸外国の数字を並べ、日本は世界最低レベルで、戦後の食料難時代でさえ七〇%はあったのだと言った。そうして十年後までには必ず食料危機が来、二十五年後には石油が入ってこなくなるだろうと予測し、日本は世界で最も脆弱な国であると位置付けた。
 慎一郎は、今まで自分が如何に何も知らずに生きていたかということを思い知らされた。
毎日の仕事の広告出稿量や今度のボーナスの金額や、次の昇進のことばかりにしか関心のなかったことを素直に恥じ、連れていってくれた友人に心から礼を言った。
 講演者の言葉が長い間、心の奥に引っかかっていた。家庭の中を見回すと、確かに子供の頃にはなかった電気製品が当たり前のような顔でそこにある。子供の頃にはクーラーなどなかった。電気ポットも、ファンヒーターも、電子レンジも、全自動洗濯機も、ボタン一つでお湯の張れる風呂も、シャワートイレもなかった。風呂は薪で沸かしていたし、便所は汲み取りだった。ファクシミリもパソコンも携帯電話も、ビデオデッキもCDプレーヤーも、今度妻が欲しいと言っているIH調理器や食器洗浄機もなかった。それが各家庭に普及している。二酸化炭素で地球が覆われるのも当然だと感じた。
 講演者は、こんな便利快適を追求する生活を戒めるべきだと提言していた。子供たちに残すべきは緑豊かな地球ではないのかと。猛スピードでハイウエイを疾走する車に我々は乗っているのだと彼は例を示した。その先には我々の子や孫が、何も知らずに遊んでいる。
今ブレーキを踏まないと自分たちの子孫を跳ね飛ばしてしまうことが判っているのに、それでもあなたたちはブレーキを踏まないのですか。自分たちさえ快適なドライブをしていられればいいのですか。今、あなたが、あなたが、あなたが本気でブレーキを踏まないと、あなたの子や孫を悲惨な目に遭わせることになる。人が踏まないとあなたも踏まないのですか、人が踏んでくれるから、自分は踏まなくて良いと考えているのですか、と彼は言ったのだった。
 二十歳の頃の夢を、三十七の時にこんな形で思い出さされた。自分にはやりたいことと、やらなければならないことがあると、慎一郎は思いついた。そうしてそれを実行に移す時を、四十歳だと腹に決めた。四十までには三年ある。その三年間をどう過ごせば良いのかと、真剣に考えた。サラリーマンをしながらどうすれば農業ができるのかを模索し、準備を進めてきた。
 月二回の日曜日に開かれる県主催の農業塾に一年間通い、講義と栽培の実際を経験した。
就農セミナーに参加し、相談もした。そこで紹介された農家へ研修にも行った。
 一番の問題は畑だった。道具や機械は金を工面すれば何とかなるが、畑はそうはいかないのだ。町内を注意しながら車で走ってみると、使われていない畑や田圃が目に付く。季節になっても草が茂っているから、すぐに判る。使っていないなら貸してくれるだろうと思い何人かの地主に聞いてみたが、素人など相手にもしてくれないのだった。
 こういうときには行政に頼るしかないと役場を訪ね、相談した。町には農業委員会という組織があり、そこで農家の認定を行う。その事務局に行った。認定を受けるには最低五反の畑が必要だと言われた。
「農業改良普及センターに新規就農相談窓口があるから、詳しいことはそこで聞いてみればええよ」
 と言われ、その足で訪ねた。相談窓口の女性に事情を話すと、
「でもね、五反ないと新規で就農できませんよ。農地法で決められているんです」
 その五反がないから相談に来たのだと言っても、「五反の畑があって、何を作りたいからと具体的なものがあれば相談にも乗れるけど、何もないんじゃあ相談のしようもないですよね」
 化粧っ気のない、四十がらみの女だ。今から出かけるんですと呟きながら、机上の書類を忙しそうに整理している。本当に新規就農の相談窓口なのかと思うほど愛想が悪い。
「じゃあ、その五反の畑はどうやって手に入れるんですか」
 え、っと手を止めて慎一郎を見た。「それはご自分で探してもらわないと」
「どうやって探すんですか」
「そんなこと私に訊かれてもねえ。なに作るんですか」
「アスパラです」
 慎一郎はムッとした声で言った。
「アスパラねえ。アスパラ一本じゃあ難しいですよ。他には」
「まだ考えてませんが、他に考えれば土地の世話してくれるんですか」
「そういうことではありませんが」
 それならそんなこと訊くなよ、と慎一郎は熱くなりかけた腹を押さえた。
「とにかく五反準備して下さい。あっ、それからこれ書いといて下さいね」
 手渡されたのは「新規就農希望者調査票」で、住所や名前の他に、何処で何をどの程度の規模で作りたいのかや、準備できる資金の金額などを書き込むようになっていた。
「そこでどうぞ」
 椅子を勧められ、
「書き終わったらそこに置いといてください」
 言い残して担当の女性は出かけていった。
 こんな所に頼ろうとした自分が馬鹿だったと、慎一郎は悔いた。そうして西木を思い出し、改めて訪ねてみる気になったのだった。
 西木にそんな事情を話した。新たに農業をする者は五反の畑がないと始められないのかと、現役の農家でさえ知らないことであった。
「五反なんかない奴は、いっぱいいるで。下の婆さんのとこなんざ二反もなかろう。昔は二町ほどもあったが、親父が死に、娘が結婚するちゅうてどんどん売っていったが」
「昔からの農家はいいんです。新たに始めるには最低五反が必要だと言うわけなんで」
 ふうん、と西木は鼻白んだ。
「なんや知らんけど、ややこしいんやのう」
 丘陵地帯の大根畑に腰を降ろしていると、涼やかな風が吹いてくる。
「話は判った。ハウスは町の補助事業で建てたもんやから、わしが勝手に決めるわけにはいかん。とにかく農業振興課の課長に話しといてやろう」
 西木はそう言うと、膝を叩いて立ち上がった

By myfont @ 06:10 PM | 爽やぎの雨 | コメント (0) | トラックバック (0)

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